序
わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。
大正十二年十二月二十日 宮沢賢治
イーハトヴは一つの地名である。強て、その地点を求むるならばそれは、大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、少女アリスガ辿つた鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考へられる。
実にこれは著者の心象中にこの様な状景をもつて実在したドリームランドとしての日本岩手県である。
そこでは、あらゆる事が可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従へて北に旅する事もあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語ることもできる。
罪や、かなしみでさへそこでは聖くきれいにかゞやいてゐる。
深い掬の森や、風や影、肉之草や、不思議な都会、ベーリング市迄続々電柱の列、それはまことにあやしくも楽しい国土である。この童話集の一列は実に作者の心象スケツチの一部である。それは少年少女期の終り頃から、アドレツセンス中葉に対する一つの文学としての形式をとつてゐる。
この見地からその特色を数へるならば次の諸点に帰する。
目次と …………………………その説明
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1 どんぐりと山猫
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2 狼森と笊森と盗森
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3 烏の北斗七星
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4 注文の多い料理店
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5 水仙月の四日
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6 山男の四月
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烏の北斗七星といつしよに、一つの小さなこゝろの種子を有ちます。
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7 かしはばやしの夜
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8 月夜のでんしんばしら
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9 鹿踊りのはじまり
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底本:「宮沢賢治全集8」ちくま文庫、筑摩書房 (青空文庫) / 「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社 (青空文庫) / 「宮沢賢治童話集」青少年文庫、日本青年館 (国立国会図書館デジタルコレクション) /
宮沢賢治は没後五十年を過ぎており作品の著作権保護期間が満了しています。ここではケンジ旅行記の一考、或いは旅の地図として、宮沢賢治作品を掲載しています。
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